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数年ぶりにミラーレスカメラを取り出して60年ぶりの銚子電鉄に行ってきました。滅多に使わないミラーレスはスマホと違って後の画像処理が大変でテストの繰り返し。撮影:2024.6.25 Sony40mm 単焦点レンズ背後の醤油工場と仲ノ町車庫. 2000pix 1.2MB今年3月にデビューした元南海は55才です.1280pix 518KB40mmレンズで撮った仲ノ町界隈...
View Article本銚子駅
銚子電鉄 本銚子駅前後の線路は今や緑のトンネル状態で日中は駅に人がいなかった。かつての線路には緑はそれほどなくて駅には人がいた。60年の歳月で木々が成長し緑がこれほどまでに成長するのは銚子電鉄だけではなく各地で起きているのでしょう。 まるでジャングル地帯を行くような緑に包まれた今の本銚子駅.2024.6.25かつての本銚子駅の風景.1963.6.30笠上黒生で交換する電車は満員であった.
View Article竜ヶ崎線の客車
竜ヶ崎線 竜ヶ崎駅で見たガソリンカー崩れの客車2両。1962年3月には使われていたが、その1年後には使われていた様子がなかった2両。 急速に鹿島参宮鉄道のイメージが消えゆく時代であった。撮影:1963.8.17キハ102とハフ15昭和6年松井車両製 片ボギーの元ガソリンカー ハフ15ハフ15の車内エンジンを外されトレーラとして使われていたキハ102(茶色)...
View Article4年前の思い出 TMS連載記事(鉾田線)
facebookでは数年前の今日が思い出として現われる。今日は4年前2020年7月17日にfacebookに投稿した記事が現れてあの頃が思い出された。TMS誌2020年8月号に掲載した鉾田線の原稿に取り組んでいた2020年5月は、東京の非常事態宣言が解除されて少し出歩けるようになった頃。月刊誌連載が3年も続けられたのはコロナ禍の外出制限のせいだったかも知れない。2020年7月17日にfacebook...
View Article島原鉄道
300年の歴史がある「島原手延べ素麺」が生まれた土地は島原半島南部の西有家町須川。古い線路図で見ると2008年に島原鉄道の部分廃線で消えた島原外港(現:島原港)~加津佐間に西有家の駅があった。その先が島原の乱の原城遺構がある南有馬。有明海の向こうは天草。世界遺産の南島原を海沿いに走っていた島原鉄道の廃線区間。どんなに素晴らしい南島原の鉄道風景だったことだろうか。島原手延べ素麺.南島原市西有家町昭和2...
View Article遠州鉄道 奥山駅
私が見ることができた1962年以降の軽便鉄道で人気の沼尻、頸城、井笠、尾小屋は多くの書物で言い尽くされた感じがする。早くに消えた西大寺を除くと仙北、駿遠となるがこれまで紹介が少ないのは奥山線の非電化区間(曳馬野~奥山)で、今でも切り口がいろいろと楽しめる。どの路線も非電化ということになる。昭和38年に消えた廃線区間(赤)1963(昭和38)年4月に部分廃線となった奥山~気賀口間。終点の奥山駅はこんな...
View Article奥山線 金指の立体交差
2回目に奥山線を訪問したのは2グループが現地合流した5人の撮影であった。この日おおよその行動は一緒だったが、撮影は思い思いのポイントにバラバラに散って撮るので、RMライブラリー10巻「追憶の遠州鉄道奥山線」に発表した5人の写真以外は誰が何処で何を撮ったのか今もよく分からない。このメンバーで唯一分かるのは故田辺さんで、彼が学生時代に撮影した画像は一式お借りしているので、この日の奥山線撮影で意外なことが...
View Article今年もJAMでやります対談。
来週8月16~18日に開催されるJAM「第23回国際鉄道模型コンベンション」が近づいて来ました。下記のクリニック一覧にある通り8月17日(土)教室2にて名取編集長と私の対談を10:30から80分ほど開催します。今年発売した「地方私鉄 失われた情景」の背景など本には書いていない内容になると思います。今回も名取編集長による素晴らしい冊子が参加された方にプレゼントされます。
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サイドバー(右)の下部に「最新コメント」を設置し最新6件を見れるようにしました。これまでは昔の記事の最新コメントのやり取りが分かりませんでしたが、「最新コメント」の表示により新しい順に6件まで見ることができます。
View Article西大寺タイプの単端
ヨドバシカメラから袋に入って1/80ナローの単端(猫屋線シリーズ)とレール(カトー)が届いた。置いておくだけでも楽しい西大寺キハ8タイプの単端。左2本はシノハラ製、右がカトー製ユニトラックでどれもナロー用。西大寺鉄道の巨大単端キハ8と、奥の単端キハ5との大きさ比較。同形のキハ10はキハ8と左側面が異なる.左側面のドア配置が奇妙なキハ10.西大寺車庫.
View ArticleJAM「第23回国際鉄道模型コンベンション」
台風でどうなるかと心配していたJAM。二日目8月17日(土)は台風一過の晴天で、ビックサイト東1ホールは開場10:00前から並んだ入場者で一気に埋まったようです。この日はクリニックで名取編集長との対談でした。台風の影響を心配しましたがフタを開けてみると教室は不安を吹き飛ばす大入り満員。たくさんの方に来場して戴き誠にありがとうございました。ホッと一息です。入場が混雑し少し時間を遅らせてスタートした対談...
View Article西大寺の単端
巨大単端キハ8がキハ4を従えて砂川の鉄橋を渡る.感激の西大寺鉄道名場面の写真をお借りしました。ボギー気動車キハ6、キハ7のどちらかが検査の時はこのキハ8+キハ4が出動したようで、珍品バケモノ単端キハ10の出番は滅多になかったようです.この写真は西大寺・観音院の年一回の会陽(天下の奇祭「裸まつり」)の特別列車に関係する列車なのか?...
View Article心に残る路線その1 沼尻
先日8月17日にビックサイトで開催したJAM クリニック「地方私鉄 失われた情景」より.ドロ軌道と磐梯山の魅力単端ガソ101の魅力(バック運転)ドロ軌道を行く単端ガソ101鉱山鉄道の魅力
View Article心に残る路線 その2 北陸鉄道能登線
先日8月17日にビックサイトで開催したJAM クリニック「地方私鉄 失われた情景」より.当時の空中写真から作成した滝駅のジオラマ図.滝を出ると目前に海が開け海岸すれすれの高さを走る. 滝-柴垣間 撮影:1962.8.2
View Article60年前の小さな旅
先日8月17日にビックサイトで開催したJAM クリニック「地方私鉄 失われた情景」で参加者に配布された冊子です。冊子「60年前の小さな旅」関東鉄道竜ヶ崎線私が竜ヶ崎線を知ったのはTMS 89号に紹介された地方私鉄めぐり「鹿島参宮鉄道竜ヶ崎線」だった。TMS...
View Article第20回軽便鉄道模型祭プレイベント『軽便讃歌13』
毎年恒例のプレイベント(講演)の宣伝です。・期日:2024年9月28日(土)・会場:綿商会館 4Fホール 会場地図 http://www.mensyou.co.jp/map.htm・開場13:00・開演13:30プレイベントの案内サイトhttps://keibenfes.exblog.jp/242393978/『地方私鉄めぐり...
View Article地方にあった人々の活気(軌道線の賑わい)
昭和39年、夏の花巻軌道線は人々で賑わっていた。消えゆくナロー路線ながら駅や列車に乗客が多く日本はまだ子供や若者が多かった時代。そんなある時代の賑わいを集めた情景につけたタイトルを「地方にあった人々の活気」とした。地方小鉄道の衰退はその後のマイカーブームだけではなかった。「軌道線の賑わい」花巻温泉郷へ向かう客で賑わう花巻駅ホーム。スイッチバック駅西花巻の賑わい。西公園駅を降りて道路を行く人々。電車+...
View Article『軽便讃歌13』
2024年9月28日 軽便祭プレイベントの講演にご来場ありがとうございました。綿商会館4Fホールで開催された講演と、翌29日の軽便模型祭が終わりました。プレイベントの講演「軽便讃歌13」では私の『地方私鉄めぐり...
View Article講演「地方私鉄めぐりの旅 魅力のナロー情景」より
狭い線路だけで車両がいないナローの情景。会場でこれらにカメラ向ける人が多かったようです。頸城鉄道 明治村 1970年 花巻電鉄軌道線 松原駅 1964年沼尻鉄道 内野-会津下館 1964年以下は没にして出さなかったもの.頸城鉄道 百閒町 1962年仙北鉄道瀬峰駅 廃線になった築館線を築館行バスが走る.
View Article講演「地方私鉄めぐりの旅 魅力のナロー情景」より(2)
車両がいないナローの情景。ナローは線路だけでも駅だけでも絵になる情景となる。車両写真と走行写真を目指して「地方私鉄めぐりの旅」で撮りためた写真を50~60年後に見ると、ナローは駅が魅力的でこれらの写真は使い切った感があります。 西大寺鉄道 広谷 1962年夏井笠鉄道 井原 1962年夏遠州鉄道奥山線 祝田 1964年春仙北鉄道 米谷 1964年夏頸城鉄道 大池 1970年晩秋
View Article講演「地方私鉄めぐりの旅 魅力のナロー情景」より(3)
1963年4月30日で部分廃線となった気賀口~奥山間を日中1往復の気動車に乗って奥山へ向かったのが1963年の4月。奥山は桜が満開だった。 全てオリンパスペンSハーフ判カメラで撮影 1963.4.4 奥山駅が近い.気賀口から20分ほどで桜満開の奥山駅に到着した.
View Article昭和39年10月31日
facebookの二番煎じですが昭和39(1964)年10月は東海道新幹線の開業で日本中が沸いた。大学の工学祭では鉄研が新幹線の技術話題を纏めて掲示していた。そんな秋の10月31日、私は遠州鉄道奥山線の最終日を撮りに出掛けた。昭和39年は正月の沼尻から始まり大晦日の金沢市内線まで地方私鉄めぐりの撮影がピークの1年であった。この工学祭では「生き残った軽便鉄道11社」の写真も展示をしたが、昭和39年は西...
View Article駿遠線の荷物合造車
駿遠線の荷物合造車ハニの車内風景。これも写真で最も注目があった1枚です。 撮影:1967.7.9新岡崎で大きな荷を担いで乗り込んできた行商人2人.扉の奥が荷物室で軽便の小さな客室は定員32人.ハニ1 新横須賀ハニ1 新横須賀
View Article西弘前駅
中央弘前から2つ目の西弘前駅(現弘南学院前).右手貨物上屋にリンゴがビッシリ積まれていて、駅にリンゴの匂いが漂っていた。弘前電気鉄道(現弘南鉄道大鰐線) 1966.03.03リンゴを格納していた貨物上屋(左). モハ105+クハ202西弘前の車庫風景.元秩父鉄道木造車モハ102と モハ101車体鋼体化後.
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