$ 0 0 最後に残った百間町~飯室間の沿線は森に囲まれていて、この森の中には集落が点在していた。森を出ればそこは広大な穀倉地帯で人家はなかった。集落は直江津行のバスが走る道路から外れていてマイカー普及までは鉄道が生活に密着していた。朝の一番列車と直江津行のバ。百間町 1970.11.5百間町を発車し森の中へ消えていくホジ。早朝の鵜ノ木明治村