田辺さんが撮った昭和39(1964)年の流山線風景で、この時代の沿線には春の季節感あふれる田園風景があった。改称激しい今の流鉄はこの時「流山電気鉄道」であった(1967年流山電鉄に改称)
流山の「万上みりん」輸送がトラック輸送に切替えられる直前で「万上みりん」を鉄道輸送していた時代だったようだ(万上みりん工場の引込線は1966年撤去された)。
みりん以外の貨物輸送は1976年まで続いた。
撮影:1964.4.23 田辺多知夫氏
春の田園風景を行く混合列車モハ100形+ワ11。1964.4.23
みりん輸送に使われたと思われる小型木造貨車ワ11(1964年10月廃車)とワフ31(1965年10月廃車)はこの直後に廃車となった。
この時代に主力だったモハ100形(旧南武鉄道)4両は1979年に全廃となった。
自然豊かな流山駅。
駅の背後に迫る台地に無数の樹木があったがその後樹木の全てが消えた。
流山駅の一端に貨物駅とみりん工場の引込線み線があった。小型木造貨車ワフ31が消えた翌1966年に引込み線が撤去された。この写真を撮った時のみりん工場は野田醤油醸造㈱であった。
1917年 万上味醂㈱を設立
1925年 野田醤油醸造㈱が万上味醂㈱と日本醤油株式㈱を合併
1964年10月 キッコーマン醤油㈱に改称
2006年 みりん部門を流山キッコーマン㈱に分社。
現在 流山キッコーマン㈱で万上みりんを製造している。