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Channel: 地方私鉄 1960年代の回想
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遠鉄奥山線 祝田の変貌

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写真は2000年に奥山線の跡を訪ねた時に祝田の大築堤があったところを撮ったものです。
奥山線が都田口から三方原台地を下り谷を過ぎ祝田の大築堤をカーブし、そこから先一面畑の中を一直線に金指へ向かって走っていた祝田風景の36年後です。時が経つと奥山線現役時代のあの風景があまりも長閑過ぎて信じられないくらいです。廃線となった1964年(東京オリンピック開催)の頃から浜松郊外も大きな変貌が始まったのでしょう。

祝田駅と大築堤があったところで遠くに金指の街並が見える. 2000年5月

この区間は奥山線に沿って細い砂利道257号が走っていましたが、奥山線廃線後を道路拡張に使って今の国道になったと思われます。当時の5万分の1地図で確かめると今の国道257号の線形は奥山線の軌道とよく一致していて、都田川を亘ると少し向きを変え金指へ一直線に進んでいます。

昔の奥山線と細い砂利道(国道)

では奥山線が走っていた頃の風景を逆に金指から祝田へと向かってみます。
金指を出ると稀にトラックやバスが通る砂利道と並走して祝田へ向かう.
あたりは一面畑で何もない. 1964年3月

砂利道と別れ少しカーブしてから都田川鉄橋を渡る. 1964年10月

橋の先の直線区間に祝田駅がありここでバスは奥山線を横切る.ここから先、
奥山線と砂利道は並走し台地の手前で大築堤を左にカーブして登る.1964年3月

奥山線と並走して台地へ入る砂利道は国道とは言えバスやトラックがすれ違いできるのか?
と思えるくらい細い道であった.遠くに金指方面の山並みが見える.1964年3月


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