加悦鉄道 大江山鉱山と小型蒸機
加悦鉄道は過去に「大江山鉱山と小型蒸機」など何本かアップしましたが、小型蒸機についての続編です。加悦鉄道が発着していたのが宮津線の丹後山田駅。今や丹後山田や加悦という駅名も別名になってしまい、当時のイメージが益々遠くなってしまったような気がします。なんとC51が鈍行列車を弾いていた。宮津線の丹後山田駅に下りると片隅に加悦鉄道のりばが見える。国鉄宮津線丹後山田駅の片隅に「加悦鉄道線のりば」があり、そこ...
View Article竜ケ崎線の歴史をたどるパネル展示
関東鉄道竜ヶ崎線の歴史をたどるパネル展示が龍ヶ崎市内で開催されます。3/6(火)〜25(日)まで龍ケ崎市内ショッピングセンターギャラリーにて2部構成で実施します。龍ヶ崎市地域公共交通活性化競技会主催。企画担当:茨城県立竜ヶ崎第一高等学校。2013年11月 竜ケ崎線の小さな旅より竜ヶ崎線唯一の中間駅...
View Article昭和39年11月1日のこと
昭和39年10月31日、遠鉄奥山線の最終日であった。その翌日11月1日に遠鉄浜松駅で廃線式が行われました。その日のことは→遠鉄奥山線 最後の日-3 この日、廃線式が終わって浜松の城見物、東海道線袋井に出て駿遠線訪問までを写真でたどってみました。 立派な廃線式であった奥山線。鉄ファンのカメラの放列などは無かった時代。 遠鉄浜松駅。...
View Article頸城鉄道 ホハ2
コメントで解体屋にいた頸城のホハ2の話題を戴いたところで、現役時代の写真ホハ2を改めて眺めてみました。写真を大きくしてみると台車、車輪など、みごとな美しさの客車です。部分廃線の後、ボギー客車は使われてなく放置されていたので、ホハ2が活躍していた最後の姿かも知れません。1968年10月部分廃線、1971年5月全線廃止ホハ2 新黒井 1968.8.18部分廃線直前の新黒井駅。 1968.8.18ホハ4...
View Article最後の筑波鉄道 常陸小田
1987年の3月14日、肌寒い日もあれば春の陽気が感じられる丁度今頃の季節。3月31日の廃線で消える直前の常陸小田駅に桜の蕾が膨らんでいた。Facebook(私ではありません)に沢山の地元次世代の人たちから、失われた筑波鉄道と常陸太田駅を惜しむ声が寄せられていました。"若い人がまだ気づいていない日本の良さをもう一度引き立てて、通学通勤で利用してた皆さんにも喜ばれるような再活性化ができればこの上ない賑...
View Article筑波鉄道が消えて31年(1)
1987年3月31日の真壁発最終上り列車をもって筑波鉄道が消え、あれから31年が経ちました。ブログの「最後の筑波鉄道」シリーズは記事20本ほどになり写真が出尽くした感がありますが、もう一度ハイライトをアップしてみます。筑波鉄道と言えばこの1枚。 筑波 - 北条 1987.3.8筑波山麓にこんな気動車も走っていた。 廃線が迫る筑波駅...
View Article筑波鉄道が消えて31年(2)
筑波山の梺にのどかな駅や沿線風景があった。筑波駅のとなり上大島駅では貨物駅が物置小屋代わりに使われていた。1987.3.22物置になった貨物駅上大島駅全景 1987.3.22こんな駅をNゲージで作ってみたかった。筑波山のふもとを走る。 筑波-常陸北条 1987.3.22筑波 - 常陸北条 1987.3.8
View Article筑波鉄道が消えて31年(3) 北筑波
筑波駅の北方をもう一度取り上げてみます。加波山を背景にした紫尾駅 1987.3.28紫尾駅 紫尾 - 酒寄 1987.3.28あと数日で消える真壁駅風景 1987.3.28筑波山を背景に夕暮れを行く。樺穂あたりから見る 筑波山が魅力的であった。樺穂 1987.3.22樺穂駅東飯田-樺穂 1987.3.28筑波山を背にして 東飯田 1987.3.28岩瀬駅 1987.1.18
View Article筑波鉄道が消えて31年(4) 最終日の夜
1987(昭和62)年3月31日、真壁に最終列車が到着し筑波鉄道はすべてを終えた。あれから今年で31年、本ブログでは2011年2月から「最後のつくば鉄道」を連載し、最終日のことも何回か紹介してきましたが、もう一度リニューアルしてみます。昭和62年4月1日、JR誕生で新しい時代を迎えた日。その前日の3月31日は「国鉄」時代最後の日であった。と同時に筑波鉄道最後の日でもあったが、JR誕生前夜の大ニュース...
View Article「地方私鉄1960年代の回想」上下巻が4月20日発売です。
構想スタートして○○年、ついに完成。お蔭さまでようやくこの日を迎えることができました。『地方私鉄 1960年代の回想』上下巻の発刊と発刊記念イベントのご案内です。もと『Rail Magazine』名編集長と『鉄道ピクトリアル』の電気車研究会がまさかのコラボ! 満を持して贈る鉄道趣味のひとつの原点。上巻A4判変形カバー付き上巻160頁 秋田中央交通~遠鉄奥山線まで14路線収録下巻160頁...
View Article「地方私鉄1960年代の回想」下巻の紹介
では下巻を紹介します。昨日の上巻とイベントのご案内はこちらです↓『地方私鉄 1960年代の回想』上下巻の発刊と発刊記念イベントのご案内です。下巻A4判変形 カバー付き上巻160頁 秋田中央交通~遠鉄奥山線まで14路線収録下巻160頁 越後交通栃尾線~大分交通耶馬渓線まで18路線収録各巻 定価:2,800円(本体:2,593円)発行:OFFICE NATORI〒151-0053...
View Article発刊記念イベントの参加方法について
先日お知らせしました『地方私鉄 1960年代の回想』発刊記念イベントについて、書泉さんのホームページに参加方法が詳しく掲載されました。 https://www.shosen.co.jp/event/74067/開催日時:2018年4月20日(金) 19時より (18時45分開場) 開催場所:書泉グランデ(神保町)7階イベントスペース参加方法:入場無料(入場には参加券が必要となります)...
View Article昭和38年6月 屋代線
長野電鉄屋代線 松代駅 1963年6月1963年6月に銚子電鉄を訪問したハーフサイズ・ネガをスキャンしていたらこんな1枚が出てきました。あの頃の屋代線はこんなモハニが走っていたのか。母に貸したオリンパスペンに写っていた1枚。
View Article昭和41年3月 早朝の大館から弘前へ
うす暗い大館駅を6:32に青森行鈍行列車が発車した。 秋田・青森の県境矢立峠を補機をつけて越え、弘前まで1時20分ほど。朝の車内の殆どは弘前へ通う高校生達で通学列車であった。山並みが去り勾配を下ると津軽平野が開け遥かかなたに白く光る岩木山が見え、美しい光景だ!...
View Article田辺さんが撮った弘前
憧れの弘前の街は何も写っていなかった。そこで同行した田辺さんの画像を見てみたが、やはり街は何も写っていなかった。二人とも弘前と言えば弘南鉄道の弘前駅と、弘前電気鉄道の始発駅中央弘前くらいだろうか。 弘南鉄道の弘前駅。 1966.03.03弘南鉄道 平賀岩木山のふもとを行く弘南鉄道4連。 川沿いにある弘前電気鉄道の中央弘前駅。 中央弘前駅。
View Article歌登村営軌道
大学鉄研の先輩竹下氏の写真から。昭和37年の国鉄監修時刻表に載っていた簡易軌道 歌登村営軌道。昭和35年頃と思われる風景二点。加藤製+コホハ44 歌登コホハ44(旧十勝鉄道) 小頓別
View Article田辺さんが撮った弘前
憧れの弘前の街は何も写っていなかった。そこで同行した田辺さんの画像を見てみたが、やはり街は何も写っていなかった。二人とも弘前と言えば弘南鉄道の弘前駅と、弘前電気鉄道の始発駅中央弘前くらいしか撮っていない。弘前は短時間の訪問であったため、二つの路線で沿線や駅や車庫で二人ともほとんど同じ捉え方の写真であった。違いは田辺さんの弘前は全て望遠レンズで撮っていることであった。...
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